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Feature|2017.02.21

Into the life of a woman /
Mariko Ogata

女性の人生に寄り添う服

「女性の人生に寄り添う服」をテーマとして、
輝く女性の方々に執筆いただく連載企画
第1回目は、コピーライター 尾形 真理子さんのショートストーリー
掲載期間:2/21(火)~3/21(火)

vol.01

ビタミン縫子:前編

「先生、写真撮ろ!」
 卒業式のたびに、生徒たちに囲まれる。彼女たちが制服を着る最後の日。これから本当の人生が始まらんとするような、まさにそんな表情だ。
「椎名先生も、もう9年目ですか」
 デスクに並べて貼ってある写真を指で数えながら、教頭先生が声をかけてきた。がらんとした職員室には、すっかり西日が差し込んでいる。
「10年目になりますね。早いもので」
「そうですか。そうですか」
 生物を教える椎名縫子(ぬいこ)は、この女子校の卒業生でもある。
「自分ばっかり歳をとって。教師ってなんだか損ですよね」
 冗談半分で嘆いてみたものの、卒業生と並んで写った自分の姿に目をやって、すぐに逸らした。大学から東京に出て、15年の年月を暮らした。そして30代半ばに勤めていた会社を辞め、この小さな町に帰ってきた。
 突然の父の他界がきっかけだったような気もするし、それは関係のないことだったような気もする。以来、母と暮らしながら母校にふたたび通っている。43歳5ヶ月。平均寿命のちょうど半分を生きてきた。

「ビタミンというのは、皆さんもよく知っていますよね。たとえ文系に進むとしても、美容と健康のためにも、正しい知識を持っておいて損はありません」
 今の女子高生たちの鞄には、お弁当箱の他にサプリメントも入っている。化粧禁止なんていう校則は、あってないようなものなのだ。新学期。あまやかな春の日射しが、落ち着きのない教室を余計にソワソワさせている。
 「ビタミンカラーというと、なんとなく黄色やオレンジをイメージしますよね? だけどビタミンCは無色透明ですし、もっといえばAとBとCなど、種類によって性質も役割もまったくバラバラの物質なのです」
 人間の生存に必須なものであるが、体内で作ることができない物質。それをビタミンという。縫子の声は、教室の宙にふんわりと浮かんだ。 「えー。じゃあ、ぜんぶ飲まないとキレイになれないってことですか?」
 生徒のひとりが手を挙げた質問に、皆もクスクスとおしゃべりをはじめた。いつの時代も18歳という生物は、1日に何回も自らを鏡に映す。スカートから出た脚のカタチを何度も確認する。
「やだ、わたし絶対足りてない。最近、劣化ヤバいもん」
 縫子は思わず苦笑いになった。劣化という言葉を、いつから生き物を対象として使うようになったんだろうか。老化よりもなんだか罪悪のように感じてしまう。
「美容の前に、わたしたちの生存に必須だからこそビタミンなのです。大航海時代、海を渡る人々が海賊以上に恐れたものがありました。それはビタミンCの長期欠乏による死の病です」
 何人かの真面目な生徒たちが不安そうに顔をあげる。縫子はさらに続けた。人間にとって摂取必須なビタミンCも、猫などは自らの体内で合成できる。人間は遠い昔になぜかその機能を停止させた。だから猫からしたら、ビタミンCはビタミンではありえない。
「猫にとってのビタミンカラーは、いったい何色なんでしょうね」
 そこでチャイムが鳴り、教室の中はパッと花が開いたように賑やかになった。

 校庭からは、運動部の生徒たちの声がまだ聞こえる。来週予定している小テストの問題を作り終えた縫子は、肩を3回転させて息を吐いた。ロッカーのハンガーからライトコートを外し、その代わりに白衣をかけた。縫子は学校にいる間、いつも白衣を羽織ることにしている。別に毎日実験があるわけではないし、そんなに汚れるわけでもないけれど、白衣は縫子の制服みたいなものだ。
 校庭の脇にあるテニスコートを通り過ぎたところで、「先生、サヨウナラ〜」という声が聞こえた。ふり返ると、テニス部のひとりがこちらにラケットを振っている。昼間の授業で、劣化を気にしていた生徒だった。縫子は足を止め、小さく手を振ってそれに答える。ナイターの灯りが、まるで彼女を照らすスポットライトのようだと思いながら。
 わたしの頭上でも、あのライトが輝いていたときがきっとあった。
 ただ時間が過ぎただけなのだ。それなのに向こう側にいたわたしは、今の自分とはまったく違う人間のように感じる。
「いっそ別人で、いいのかもしれないな」
 夕闇に浮かんだ黄色いテニスボールが、残像のように縫子の頭からいつまでも消えなかった。

※後編に続く(5月掲載予定)

profile

尾形 真理子 / Mariko Ogata

1978年生まれ。コピーライター/クリエイティブディレクター。LUMINE、資生堂、東京海上日動あんしん生命、Tiffany&Co.、キリンビール、日産自動車などの広告を手がける。TCC賞、朝日広告賞グランプリ他、受賞多数。『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(幻冬舎文庫)を出版。

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