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Feature|2017.03.22

Into the life of a woman /
Kanako Nishi

女性の人生に寄りそう服

「女性の人生に寄りそう服」をテーマとして、
輝く女性の方々に執筆いただく連載企画
第2回目は、小説家 西 加奈子さんのショートエッセイ
掲載期間:3/22(水)~4/20(木)

vol.02

ぐっとくる

 仕事、と聞くと私の場合は小説を書くこと、そして最近は絵を描くことになる。テレビや雑誌、トークショウに出演させていただいたりもするけれど、それは仕事というよりは「ご褒美」や、たとえ楽しくなくても(すみません)「スペシャルな何か」であることには変わらなくて、だから私の「仕事着」というとジャージであったりパーカーにスエットだったりする。こう書くと寂しいけれど、でも書くときにお洋服が皺にならないかなんてことを気にしたくないし、絵を描くときには実際服が汚れてしまう。
 だから、素敵な「仕事着」を着ている人には無条件でぐっとくる。

 以前、これもスペシャルな仕事で、あるイベントに出させていただいた。化粧品会社が主催する美について、そして本についてのトークショウで、だからスタッフにはプロのイベント会社の方達だけではなく、その化粧品会社の方達もいた。
 楽屋で打ち合わせをしたり、ケータリングを用意してくれたり、会場にやってくるお客様の整理をしたり、彼女たちは非常に忙しそうにしていて、でも綺麗だった。中でもひときわ素敵な人がいて、その人は黒いワンピースを着ていた。
 春だった。会場もボタニカルな装飾が施され、非常に春めいていて、なので私にも「モノトーンではなく、明るい色のお洋服を着てきてください」とリクエストが入っていた。私は水色と白のワンピースを着て行ったのだけど、スタッフの皆さんはみんな黒い服を着ていて、つまり文字通り黒子に徹してくれていた。
 あらゆる黒い服の中で、どうして特にその人に惹かれたのか考えていると、ただの黒い服ではなく、非常に陰影のある黒だったのだ。まず、ワンピースだと思っていたのは、前がダブルになった膝までの長いジレだった。ジレの下に、張りのある素材の黒いシャツを着ていて、少しだけ透ける黒いストッキング、動きやすいメリージェーンの黒いパンプスはエナメル。同じ黒でもニュアンスが違うものを合わせていたから彼女のいでたちはそれだけでなんだか奥行きがあった。
 あんまり素敵なので、私はその人を捕まえて、「お洋服どこのですか?」と聞いてしまった。彼女は恐縮しながら答えてくれたのだけど、私も(きっとみんなも)知ってるスーパーカジュアルなブランドの、少しだけハイクラスなものだった(ハイクラスといっても全然高くなく、むしろ安いほど!)。まったくそんな風に見えない彼女の着こなしに私はますます参ってしまった。後に、イベントを見に来てくれた女性編集者が楽屋に挨拶に来てくれたのだけど、彼女もその人にどこのお洋服か聞いたというのだから、どれほど素敵だったか分かってくれると思う。

 例えば清潔な白いシャツを着ているその手首に美しい装飾の金のチェーンを巻いている人や、鎖骨を美しく見せたブラウスを着ているけれど、かがんだときに胸元が見えないようにぴたりとした素敵な素材のベアトップを着ている人や、素晴らしくフィットしたパンツだけど、決して窮屈そうではなく、なおかつ絶対に下着のラインが見えないようにしている人、は、本当に素敵だ。自由奔放、着たいものを着たいように着ている人ももちろん素敵だけれど、それ以上に仕事着を楽しく着こなしている人にはぐっとくるのだ。

 この「ぐっ」はなんだろうと考えていると、優れたアウトドア製品を見ているときに似ているのだと気づいた。見たことのない柄やカラフルな色を使っていて、または穏やかなアースカラーを使っていてデザイン的にもときめくけれど、縫製がこれ以上ないほどしっかりしていたり、ちょうど欲しい場所に頑丈な取っ手がついていたり、驚くほど軽くコンパクトに折りたためたり。「ほう!」と叫びたくなるような嬉しさがそこにはある。
 ルールにのっとっていて、きちんと機能的で、でもときめきを忘れない。
 それはそのまま素敵な人に当てはまるのではないだろうか。嬉しいのか悲しいのか、人生の大半は「仕事の時間」だ。その時間を「ほう!」をたたえながら過ごしている人に、私はもっと会いたい。

profile

西加奈子 / Kanako Nishi

1977年、テヘラン生まれ。カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。
07年『通天閣』で第二四回織田作之助賞、13年『ふくわらい』で第一回河合隼雄物語賞、15年に『サラバ!』で直木三十五賞を受賞。その他の著書に『うつくしい人』『漁港の肉子ちゃん』『まく子』『まにまに』『i』など多数。

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